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今は昔の物語。

 地上世界を治めるため、高天原(たかまのはら)より天孫が降り立った。

 神の名は、天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎ・のみこと) (以下、ニニギ尊)。

 降り立った地は、吾田(あた)の長屋の笠狭崎(かささのみさき)という。

 今の宮崎県の高千穂峰(たかちほのみね)といわれている。


 高千穂国全域
 高千穂国中域


 ニニギ尊は、この地を治めることから始めた。

 そしてそれは、子、孫へと受け継がれていった。


 子の名前は、彦火日出見尊(ひこほほでみ・のみこと) (山幸彦(やまさちびこ)とも。)


 孫の名前は、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず・のみこと)


 そして、曾孫の名は狭野尊(さの・のみこと)といった。

 
 狭野尊が治める時代。

 すなわち紀元前
667年。

 高千穂(たかちほ)の地を震撼(しんかん)させる出来事が起きようとしていた・・・。

 


 その年の秋、狭野尊(さの・のみこと) (以下、サノ)は小高い丘の上に立ち、黄金色に輝く田を眺めながら、豊作を心から喜んでいた。

 そこへ、塩土老翁(しおつちのおじ) (以下、ジイ)という老人がやって来た。


 ジイ「我(わ)が君(きみ)。御用件とは?」


 サノ「ジイか。我(われ)の考えを聞いてほしい。」


 ジイ「なんでしょう?」


 サノ「この八洲(やしま)の国を豊かにしたいのじゃ。稲作、製鉄、灌漑技術を伝えていきたいのじゃ。」


 ジイ「各地に伝えると申されまするか?」


 サノ「そうじゃ。そして、様々な国と連合し、支え合えば、無用の争いも無くなると思う。」


 ジイ「アメリカ合衆国やソビエト連邦のような連邦制にするわけですな。」


 サノ「読者のための解説、かたじけなし。その二国はまだないが、大陸には周(しゅう)という国家が、様々な国と連合し、政(まつりごと)をおこなっているらしい。その思想が、この国にも及んだと考えても良いと思ってな。」


 ジイ「確かに。稲作も長江から伝わったと遺伝子の研究で判明しておりますから、製鉄や灌漑技術も、季節風に流されてやって来た、大陸の人々の知恵と考えられまするな。」


 サノ「もしかすると、ニニギ尊も、大陸の人だったかもしれぬ。」


 ジイ「そのへんはともかく、技術の伝播で国をまとめようという、お考えは、素晴らしきことと存じます。」


 サノ「八洲(やしま)の国を一つにまとめれば、更に豊かな国になるはずじゃ。ただ・・・。」


 ジイ「ただ、何でしょう?」


 サノ「国の中心となる場所は、どこが良いかと思案しておるのよ。それに、家臣たちから賛同を得られねばならぬしな。」


 ジイ「国の中心となれば、やはり東方ですな。東方へと向かわれませ。その地は青い山に取り巻かれた地にござる。中(なか)つ国(くに)にござる。」


 サノ「その地は、饒速日(にぎはやひ)殿が治めているはず。彼が、それを許してくれるであろうか? なにより、連合政権を作ることに賛同してくれるであろうか?」


 ジイ「饒速日様も、天(あま)の磐舟(いわふね)に乗って降り立った、天孫ですからな。」


 サノ「それよ。我こそが正統なりと訴えられはせぬかと・・・。」


 ジイ「やってみねば分かりますまい。」


 サノ「そうだな。やってみるしかないか。やらずに悩むことほど愚かなことはない。」


 ジイ「それと、台本である『古事記(こじき)』と『日本書紀(にほんしょき)』ですが・・・。」


 サノ「如何致した?」


 ジイ「今後は『記紀(きき)』とまとめようかと思っておりまする。」


 サノ「なるほど。略して『記紀』と呼ぶわけか?」


 ジイ「その通りですぞ!」

 
 こうしてサノは、兄や家来を集めて会議をおこなった。

 集まった場所は、サノの宮である。

 現在の宮崎市にある、皇宮神社(こうぐうじんじゃ)であるといわれている。

 宮崎神宮から東南に約
600メートル離れた、小高い丘にある、神宮の摂社で、地元の人たちは「皇宮屋(こぐや)」と呼んでいる。

 晴れた日には、高千穂峰を望むことができる。

 また、「皇軍発祥の地」という石碑が立っている。

 皇宮神社5
 皇宮神社4
 皇宮神社3
 皇宮神社2
 皇宮神社1
 皇宮神社社殿
 皇宮神社(皇軍発祥の地)
 

 さて、サノの東方に移住したいという提案を聞き、兄たちや家来たちは、とても驚いた。

 まずは、一番上の兄、いつも冷静沈着な、彦五瀬命(ひこいつせ・のみこと) (以下、イツセ)が意見を述べた。


 イツセ「サノよ。曾祖父、ニニギ尊が降臨されてから、百七十九万二千四百七十余年(
1792470余年)になる。ついに、この日が来たんやな。」

 
 そこに剣根(つるぎね)という、小柄な家来が、食いついてきた。


 剣根(つるぎね)「我らが長きに渡って治めし、先祖伝来の地を捨てろと申されまするか?」


 サノ「捨てるのではない。広げるのじゃ。」

 
 未だ納得のいかぬ表情で、腕を組む剣根。

 その傍らで、サノの次兄、稲飯命(いなひ・のみこと)が賛成を表明するとともに、サノに訓戒を述べた。


 稲飯(いなひ)「良いか、サノ。ニニギ尊はな、まだ明るさも充分でなかった時代に、その暗い中にありながら、正しい道を押し開いていかれた。汝(いまし)がおこなおうとしているのは、それほど困難な道っちゃ。一族や家来たちを茨(いばら)の道に進ませることになるやろう。その覚悟はできておるのか?」


 サノ「その覚悟なくして、どうして、このような大事を皆に語りましょうや。」

 
 決意に満ちた表情のサノに対し、目のまわりに入れ墨をした家来、大久米命(おおくめ・のみこと)が苦言を呈してきた。


 大久米(おおくめ)「豊かな土地を離れ、辺境の土地に行くんすか? 見えざる脅威にさらされ、移動するは必定ですよ。怪しき生き物、恐ろしい化け物、絶対いますよ。どうされるおつもりなんすか? 悪いことは申しませぬ。やめましょう! 我が君!」


 サノ「大久米の申す通り、この高千穂の地は、平和で豊かな地じゃ。されど、他の国々は、村々で境を設け、争ってばかりいる。彼らをまとめ、世を平らかにしたいのじゃ! それには、八洲(やしま)の国の、ほぼ真ん中に位置する、中(なか)つ国(くに)こそ、大業(たいぎょう)を成すべき土地だと思うのじゃ。」

 
 三兄の三毛入野命(みけいりの・のみこと) (以下、ミケ)は満面の笑みで、サノの意見に同調した。


 ミケ「汝(いまし)の思うままにせよ。父上は、汝に託したんや。家来たちが、みな反対したとしても、我ら兄弟だけで行けばよいだけのことっちゃ。」

 
 そこに、博学の家来、天種子命(あまのたね・のみこと)が意見を述べてきた。


 天種子(あまのたね)「殿も、ミケ様も分かっておられまするのか? 東方にあるという、中つ国には、既に天孫(てんそん)が降り立っておられます。饒速日命(にぎはやひ・のみこと)という天孫にあらしゃいます。」


 サノ「知っておる。」


 天種子(あまのたね)「饒速日殿が譲ってくれるとでも?」


 サノ「やってみねば分からぬではないか。」

 
 最後に意見を言ったのは、筋肉隆々の家来、日臣命(ひのおみ・のみこと)であった。


 日臣(ひのおみ)「おいは、我が君に従うっちゃ。おいは、遠い地に行ってみたか。」

 
 そこへサノの妃、吾平津媛(あひらつひめ)を筆頭に、息子の手研耳命(たぎしみみ・のみこと) (以下、タギシ)と娘の岐須美美命(きすみみ・のみこと)、そして側室の興世姫(おきよひめ)がやって来た。

 開口一番、吾平津媛は反対した。


 吾平津(あひらつ)「私はいやですよ! こんな豊かな地を離れるのはいやです!」


 サノ「いきなり何じゃ! 汝(いまし)が何と言おうと、我(われ)は行くぞ!」


 岐須美美(きすみみ)「父上・・・。母上の想いも分かってくださりませ。父上と一緒に赴きたい気持ちを抑え、足手まといにならぬよう、わざと悪態をついて、離縁されようとまで思い詰めておられるのです。」


 吾平津(あひらつ)「岐須美美! 言ってしまったら、意味がないでしょ!」


 サノ「そうか。されど・・・。確かに、オナゴを連れていくのは危ない。吾平津。汝(いまし)は、岐須美美や興世と共に残れ。汝の兄、吾田小橋(あたの・こばし)にも残ってもらい、高千穂の地を治めてもらうつもりじゃ。」


 吾平津(あひらつ)「これも運命なのですね。武運長久を祈っておりまする。」

 
 話の流れで、兄の吾田小橋も意気込みを述べた。


 小橋(こばし)「御安心くだされ。この地は、守り切ってみせましょうぞ。なお、この宮の跡地とされている、皇宮神社では、
114日に皇宮屋破魔矢祭(こぐやはまやまつり)をやっておりまする。」


 サノ「読者のための解説、かたじけなし。」

 
 すると、ここで息子の手研耳命が、突然、しゃべり始めた。


 タギシ「補足説明をしておきましょう。ちなみに、わしも皇宮神社に祀られておりまする。母上も・・・。しかし、なぜか、岐須美美は祀られておりませぬ。」

 
 手研耳命の説明が終わったところで、サノは、末席に坐(すわ)る白髪の老人に声をかけた。


 サノ「天道根(あまのみちね)よ。汝(いまし)には、別の命を与えたいと思うておる。」

 つづく