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嵐に遭遇した狭野尊(さの・のみこと)(以下、サノ)一行。

 兄たちの挽歌

 二人の兄も海に身を投げて死亡してしまう。

 もみくちゃにされる船団。

 そして・・・。


 サノ「というわけで、助かったようじゃな?」


 いきなりの主君の質問に小柄な剣根(つるぎね)が答える。


 剣根(つるぎね)「土地の者が船を漕(こ)ぎ、漂流する我々を助けたと伝承が残っているそうですぞ。」


 サノ「そ・・・そうか。かたじけない。それで、ここはどこじゃ?」


 その問いかけには、土地の者が答えた。


 土地の者「三重県熊野市の英虞崎(あごさき)の先端にある千畳敷(せんじょうじき)という、荒波に洗われる奇岩地帯やで。最先端には、高さ
70メートルの柱状節理(ちゅうじょうせつり)の岸壁、楯ケ崎(たてがさき)があるんや。」


 今回の舞台
 英虞崎への道
 英虞崎1
 英虞崎2
 英虞崎3
 英虞崎4

 サノ「柱状節理とは何じゃ?」


 土地の者「柱状節理っちゅうんわ、火山性の玄武岩(げんぶがん)とか安山岩(あんざんがん)に五角形やら六角形の柱のような割れ目が生じてですな、蜂の巣のような形になった岩石の柱が集合したもんですわ。」


 楯ヶ崎

 サノ「よく分からんが、読者には分かったようじゃな。ところで、真向いにも岬があるみたいじゃな。あれは?」


 その問いかけには、目の周りに入れ墨をした大久米命(おおくめ・のみこと)が答えた。


 大久米(おおくめ)「真向いの岬は、牟婁崎(むろさき)っす。」


 牟婁崎1

 サノ「それでは、この向かい合った岬に、常世(とこよ)に行ってしまった兄上たちの神社を祀ろうぞ。」


 土地の者「いいね!」


 ここで椎根津彦(しいねつひこ)(以下、
Seesaw)が唐突に説明を始めた。


 Seesaw
「牟婁崎には室古神社(むろこじんじゃ)を建てたっちゃ。稲飯命(いなひ・のみこと)を祀ってるんやに。」×2


 室古神社1
 室古神社2
 室古神社鳥居
 室古神社拝殿

 そしてサノの息子、手研耳命(たぎしみみ・のみこと)(以下、タギシ)が追加説明を始めた。


 タギシ「向かい側の英虞崎には阿古師神社(あこしじんじゃ)を建てもうした。三毛入野命(みけいりの・のみこと)の伯父上を祀っておる。」

 阿古師神社1
 阿古師神社2
 阿古師神社鳥居
 阿古師神社拝殿
 英虞崎楯ヶ崎実写

 Seesaw「この二つの岬に抱かれるように存在するのが二木島湾(にぎしまわん)やに。」×2


 二木島湾
 英虞崎楯ヶ崎

 タギシ「この地域で、毎年十一月、盛大におこなわれていたのが二木島祭(にぎしままつり)じゃ。八丁櫓の関船二艘が両神社に渡船して儀式をおこなうのじゃ。」


 二木島祭1
 二木島祭2

 Seesaw
「白木綿(しろもめん)の胴巻きを締めた男衆による勇壮な船漕ぎ競争が見せ場っちゃ。漂流する我々を救った時の様子を再現したものやに。」×2


 サノ「タギシよ。盛大におこなわれていた・・・ということは、今は小規模ということか?」


 タギシ「父上、実は残念ながら、過疎が進んで
2010年(平成22年)を最後に休止しておるのです。」


 サノ「まこっちゃ(本当に)?!」


 タギシ「まこち(本当だよ)!」


 サノ「早く再開してほしいものじゃ。二人の兄上のためにも・・・。」


 タギシ「そうですな。」


 サノ「じゃっどん、ここが二人の兄上の終焉の地になるとは思わなんだ。常世(とこよ)に行ってしまわれるとは・・・。」


 そのとき、剣根の息子、夜麻都俾(やまとべ)(以下、ヤマト)が解説を始めた。


 ヤマト「常世とは、あの世のことにござりまする。死者が行く理想郷で、黒潮(くろしお)が流れる熊野の海が、常世への入り口だという観念が古くから有りまする。修行者が海の果ての浄土に向かう『補陀落渡海(ふだらくとかい)』が平安時代からおこなわれておりました。」


 剣根(つるぎね)「おい、息子よ。浄土は仏教用語じゃぞ。補陀落も、観音菩薩(かんのんぼさつ)が住むという浄土の名前じゃ。我が君に分かるわけがないであろう!」


 ヤマト「い・・・いやっ、父上、これは読者向けの解説でして・・・。」


 サノ「民衆を浄土へ先導するために、修行者が渡海していたそうじゃな。黒潮に流され、ほぼ間違いなく帰られぬ。まさしく命がけ・・・。」


 剣根(つるぎね)「知っておりましたか・・・。」


 サノ「作者の受け売りじゃ。じゃっどん、仏教が来る前から、熊野は常世につながるという観念があったことは確かぞ。」


 タギシ「父上、それはどういうことです?」


 サノ「国産み神話で有名な伊弉冉神(いざなみのかみ)も熊野に葬られておるのじゃ。」


 大久米(おおくめ)「熊野の有馬村に葬ったと『日本書紀(にほんしょき)』の別伝に書かれてるっす。」


 土地の者「別伝って何です?」


 大久米(おおくめ)「いい質問すね。『日本書紀』は、本文のあとに別の伝承も書いてるんすよ。いわゆる、諸説有りって形で書かれてるんす。」


 土地の者「勉強になったわ。」


 大久米(おおくめ)「三重県熊野市にある、花の窟(いわや)という巨岩が、伊弉冉様の葬られた場所と伝わってます。」


 花の窟と楯ヶ崎
 花の窟2
 花の窟1

 タギシ「それより、父上? 大事なことを忘れておりませぬか?」


 サノ「大事なこと? 何じゃ?」


 タギシ「ここの地名について・・・。」


 サノ「何を言っておる。英虞崎の千畳敷と申したであろう。」


 タギシ「それは二千年後の呼び方にござりまするぞ。わしらが生きていた頃は?」


 サノ「あっ!」


 二千年後の呼び方とは・・・。

 次回に続く。